過ぎ去れば、文字通り過去なのであろうか
 
              過ぎ去れども、それがずっと此の身に燻り想い煩うならば、それは今の患いとなり…

              過去などではなく、今此の胸を灼く確かな現実なのではないか

              ――仮令、最早二度とはお互いを感じられなくとも


vestige of him

深手を追ったニンジャが目を覚ましたのは、どうやら病院の一室だった。 恐らく意識が無かった自分を動かさない為にか、未だ戦いのダメージが色濃く残る忍装束のままにて。 略全て自分のものであろう、固まった血糊が異随く、ニンジャは装束を脱ぎ去ろうと前袷を開いた。 その袷より はらり と濡羽色とは斯哉という艶やかな烏羽が、戦いの最中に懐に入り込んだか…幾枚か滑り落ちる。 つい、と拾い上げ、暫し見つめ…一つ、息を吐いた。 自分は悪魔で有り、悪魔として…躊躇い一つ無く彼の命を奪いはしたのだが… 憎しみなどは一つも無くとも、だがお互い譲れぬ思いは交差するものでは無く。 ただ、彼が残した言葉が心の底に澱の如く沈む。 ――自分達が奉じ敬愛する悪魔将軍を、袂を分かったとて同胞として気にかけていたあの男。 数億年に及ぶ生の果ての今際の際に…       ――何を今更… ニンジャは自嘲の隠る薄笑みを浮かべ、羽を拾い集めると、丁寧に懐に入れていた手拭いに包んだ。 そして血の染む装束を脱ぎ、手拭いをサイドボードに置くと、ベッドに躯を横たえ、静かに目を閉じた。
苛烈と酸鼻を極めた完璧超人始祖との戦いより未だ僅か、生き延びた者達とて心身の快復の儘為らぬ今。 多大なる犠牲を払った悪魔超人軍は、魔界にてほんのひと時 仮初の寧静に浸っていた。 すぐにまた血腥い日々に戻るのが悪魔の倣いで有るのは誰しもが解っては、いるが。 回復している者達は、相も変わらず激しいスパーリングに身を置き、深手を負った者達は先ずは快癒に努める。 此の場におらぬ者達の、何と多い事か。 ただ体は動かせずとも、見るのも修練、程度は違えども幾人かは回りで見学と称し屯していたが。 悪魔が腑抜けた事を、と謗られようが…荒涼とした魔界の光景は何も変わらぬのに、随分と寂しく映る。 「お前もまだスパーリング禁止組かよ、ニンジャ」 自分で折ったという手首は、一応繋がってはいるものの、今は肩から吊って固定している状態の痛々しいジャンクマンが呟く。 「…ああ、玖式奥義で胴体の一部が貫通してたとよ…まあお主やアシュラよりはマシなのか…」 自分の怪我なのに、まるで他人事の様なニンジャも、これまた他人事のアシュラマンの容態などを話している。 「…腕一本でもキツいのに、六本は無いわ…」 「だが腕生えて来とるからな…恐るべしは魔界の王族よな…」 然して仲の良いわけではないジャンクマンとニンジャも、ぼんやり肩を並べて雑談しつつ、 悪魔将軍とサンシャインのスパーを見ていた。熾烈な戦いを経て将軍の動きのキレは益々冴えている様だ。 そのスパーも一区切り終わった様で、サンシャインは礼を言いつつ立ち去り、見学していた二人も どれ と腰を上げたところ。 「そこのお前達、此方へ来い」 (…俺らか(我等か) 他に誰もいないが視線で一瞬確かめ合い、慌てて将軍の元に駆け寄り跪く。 「…お前達の、先の戦いの功績に褒美を呉れてやる」 ――悪魔超人にとって、勝利は絶対命題で有り、今迄幾ら戦功を挙げたとてそれは誉めるものではなく当然とされていたが… 「…は、有難き幸せ…恐悦至極に御座りまする…」 初めての事態に、ニンジャが何とか礼の言葉を発し、ジャンクマンもそれに合わせ更に深く頭を垂れた。 「手を出すがいい」 二人が手を差し出すと、将軍はそれぞれの手を―ジャンクマンはジャンクハンドで有るが―地獄の九所封じ・其の八の如くに握る。 が、特に超人パワーが吸い取られる事も無く、握られた二人の手は何らかの魔力を帯びたかの様に薄赤く光っていた。 「…夜を、待て」 仮面の下、一瞬将軍の深緋の目が薄く弧を描いた気がした…それだけ言うと、将軍は二人に背を向け立ち去ってしまう。 その背を暫し見送った後…… 「…どうすんだ、これ…」 「…夜を待つしか無かろうよ…」 痛いとか熱いとか、そんな感覚は無いが、光を放つ手は只管に目を引き、異様だ。 「…爆発とかしねえよな…」 「…いや、それは無かろうよ…多分…」 呆然と手を見つめつつ、二人は各々の自室に戻って行くのだった…

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