To him relief

完璧超人が 下等に敗北を喫した その報は、¨聖なる完璧の山¨―そして超人墓場にいる始祖をはじめとした完璧超人達に多大なる衝撃を齎した。 しかも、出奔した完璧・壱式が作りし不完全な空間―魔界にて、完璧・陸式の弟子、ミロスマンが。 しかも勝利の証としてか、ミロスマンの両の腕は奪い取られたと言うではないか。 勿論始祖と比べれば、ミロスマンの実力はまだまだ未熟では有るが、彼とて一廉の戦士では有った。 それがどれ程の事かを端的に表すとすれば、あの常にシニカルな拾式でさえ、その報に表情を凍らせた程、だ。 尤も彼の場合、敬愛する完璧・弐式が出奔する原因となったその兄、壱式への憎悪故のその表情かも知れぬが。 漆式、捌式等は 完璧超人が下等に敗れる筈は無い、だが敗れたとはいえ猶腕まで奪う蛮行に至るとは やはり下等など生かし措くべきではない、と粛清を強行すべく外界へ討ち入ろうとしていた。 当然だが、門番をしている参式、そして騒ぎを聞き付け参式の加勢に来た肆式により止められていたが。 その騒ぎの傍ら何方にも加勢せず、常の愉笑を消さぬ伍式は、然し事の真偽に未だ懐疑的で有る様だ。 そして その弟子を喪った 当の完璧・陸式、ジャスティスマンは。 最早夕暮れも過ぎ、燻る様な雲が月の光に霞む輪を掛ける中、静かにその空を見上げていた。 感情を否定し、感情を持たぬ様努める彼の考えなど、その横顔からは読み取れない。 愛弟子の死を悼むとも 或いは不甲斐ない弟子を叱責するとも 如何にもとれそうな 引き結んだ薄い唇。 やがて粒を成さない霧雨が風に乗り、彼の総身を芯から凍てつかせる如き夜露を薄く貼り付けてゆく。 その横顔を闇に映す月明かりを遮る影が 空から舞い降り、彼の顔に薄い影を落とす。 「ジャスティスマン、此処にいたか」 此処―峻険な峰の上で月を見上げているジャスティスマンに声を掛けたのは、完璧・玖式カラスマンであった。
―種に交われば種にあらず この言葉を錦の御旗と掲げている完璧超人始祖達は、外界との接触を完全に絶っている。 だがジャスティスマンはこの夜、ふらりと外界へと他行していた。 当然、門番の参式・ミラージュマンはそれを見咎めようとした、のだが… ミラージュマンは情を否定する筈のジャスティスマンに…隠微では有るのだが、確かに悲しみの影を見た。 億を超える年月を共に過ごした仲で、幾らジャスティスマン自体が情を否定しているとて…見紛う事は、無い。 直ぐに戻れ と一言呟き、ミラージュマンはジャスティスマンを見なかったかの様に背を向ける。 そしてジャスティスマンが遠く見えなくなる頃、ミラージュマンの元にもう一人始祖が訪れた。 「カラスマン…どうした、お前が此処に来るとは珍しい」 現れた玖式・カラスマンは始祖の中では比較的穏健派で、常々粛清を謳い外に出ようとする漆式や捌式とは違い、 無用の折に態々外界へと続くこの¨聖なる完璧の山¨へと訪れる事は、まず無い。 「¨あれ¨の様子が気になってな…見ただろう、あの顔を」 カラスマンは外へと通じる道へと顔を向け、ジャスティスマンを気に掛けているのだと指し示す。 「…あぁ、無理も有るまい…まぁ、陸式に限り間違いは無かろうが」 少し間を置いてから行った方が良いだろう、とミラージュマンは未だ気遣わしげに外の方に視線を向けた。 完璧の理に即すれば、完璧超人が下等に敗北など赦されない。 だが、理では如何にもならぬ情が有る事は、完璧超人始祖と雖も 判っては いるのだ。 暫しの沈黙の後―カラスマンは外へと羽ばたく為に射干玉に光る大鴉の翼を広げた。
夜闇の中、昏く うねる波を遠く眼下に、カラスマンは漆黒の翼を羽ばたかせる。 ジャスティスマンがいる場所に、心当たりは有った。 それは遥か遠き日、壱式が下野したまさにあの日、彼は氷に覆われた峻険な峰の穂先に立ち尽くしていたのだ。 夜露が身体をしっとりと濡らしてゆき、月明かりが鈍く拡散する中、カラスマンはジャスティスマンに声を掛けた。 「ジャスティスマン、此処にいたか」 月を見上げていたジャスティスマンは ああ と何の揺らぎも見せない平静な声色で応じ、視線を伏せる様に俯く。 そして、すっかり冷えきった指先をカラスマンに向けて差し出してくる。 カラスマンはその手を取ると、ジャスティスマンの肩を覆い包む様に翼を広げ、片翼で空へと舞い上がった。 最早月明かりも及ばぬ程に大気は雨粒を多分に孕み、二人の総身も剰す方無く濡れてゆく。 漆黒の闇の中、漸く¨聖なる完璧の山¨へと辿り着いた時には、二人の身体は芯から冷えきっていた。 「…私は少しこの羽の水を切らねばならんからな…済まんが此処からは先に行ってくれ」 「…わかった」 ―勿論、翼に溜まった雨粒など、羽ばたき一つにて全て振るい落とす事が出来る訳だが。 寔に意図するのは、情を否定し必死に斯く有ろうとする彼が、それでも拭えぬ悲歎を 見なかった とする事なのだ。 ジャスティスマンが戻りゆく先に、門番であるミラージュマンの気配が無いのも、一重にその為だけで。 恐らく、超人墓場に続く幻影の径に迷い込んだ下等がおらぬか見廻るという体裁で場を離れているのであろう。 ―ああ 情など無ければ簡単に割り切れる事は何と多かろうか カラスマンは翼を大きく広げ一振りすると、尠からぬ量の濡れ羽を振り落とした。 自室への戻り際、幻影の径でミラージュマン、そしてアビスマンとすれ違う。 ミラージュマンはその職務と職責上、アビスマンと共にいる事は多いが、お互い始祖にしては人柄が良いというか、 下等や鬼共の事さえも慮外にせぬその気質によりか、最早同胞を越え、互いに親愛の域に至っていると察せられる。 二人は漆式や捌式を押し留めるのに忙しく、先程語らえなかった今回の顛末への見解を語らっていた様だ。 たまに二人になれる機会さえ、逢瀬ではなく他者を気遣う人の善い参式に、肆式の目元は不満を訴えていた。 それを見て、一瞬カラスマンも笑いかけそうになったが、そんな場合じゃないと直ぐに思い直す。 すれ違い様、ミラージュマンがカラスマンに、先程陸式が戻った、と判りきった報告をした。 それに応じ、カラスマンも承知したと返事を返す。 形骸的では有るが、始祖は―任務上拾式を除き―外界との接触は厳禁で有る。 門番と他の始祖が見ていて、『外へ出てゆくのを止めなかった』という事は有り得ないのだ。 従って今は『参式は肆式に今回の件に付き見解を求める為離席の最中、陸式が外の空気を吸いに行った様だ。 だが気付いた玖式が外界との接触が無いのを確認しに行ったので』何事も起きてはいない。 参式に対し何か言いたげな肆式の邪魔をせぬ様、カラスマンは足早に超人墓場を抜け自室へ向かう歩を速めた。 そして、始祖達の部屋の前、カラスマンは微かに逡巡する。 陸式―ジャスティスマンを 一人にしておいて良いのかと。 彼に限っては 本当に間違いは有るまい。先程だって、何事も起きてはいなかった。 ただ、凍てついた峻険な崖に佇んでいた彼の指先のあの冷たさが、未だ指先に残るのだ。 だが、彼の気性が自分の慮りなど不要と切り捨てるのではないか。 そして取敢えず自室にて考えよう、と扉を開けたカラスマンは、自分の逡巡が無用の物で有ったと知る。 「ジャスティス…」 ジャスティスマンが、そこにいたのだ。 靴は床に置かれ、一糸纏わぬ姿にて臥床の上に躯を横たえ、此方を見ている。 そして、あの崖の上での様に、此方に向けてその手を差し出してきた。 カラスマンは誘われるがまま、ジャスティスマンの躯に載し掛かり、仮面を外すと首筋に唇を滑らせる…

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