Soleil de plomb
いつも、待ち合わせるのは、店の一番奥のベルベット仕立てのソファで…
「遅かったな、ウォーズ」
待合せを約したtabernaにウォーズマンが辿り着いた時、既に待合せの相手、バッファローマンは一杯傾け始めていた。
ソファに身を沈め、デキャンタから手酌で白ワインを飲みつつ、ウォーズマンに笑い掛けてくる。
「何だ、昼間から飲んでるのか」
「こんな安ワインなんぞ飲んでるうちに入らねぇよ」
「そうかもな」
ウォーズマンはバッファローマンの横に着座すると、取敢えず何か食べとかないと、等と言いながら軽食を2.3品注文する。
エナメルで覆った漆黒のジャケットのビスナップをぱちぱちと外して前を寛げ、一息吐く。
「珍しいよな、お前が態々こっちに来るなんて」
バッファローマンがワイングラスに口を寄せながら にや と笑う。
「…そうかな?暑くない時期は時々来てるだろう?」
答えながら、ウォーズマンは程無くして運ばれて来た料理を然して腹も空いて無さそうな所作で突付き始めた。
バッファローマンは暫しウォーズマンが料理を突付くのを眺めていたが、静かに口を開く。
「違うだろ、"何か有った時は時々"だろう?」
そして店員にワイングラスを持って来させると、それにワインを注ぎウォーズマンに差し出した。
「…まぁ、な…」
ウォーズマンはワイングラスを受け取ると、僅かに空気を含ませる様にグラス内でワインを転がし、一息に呷る。
「…で、今回は何が有ったんだ?」
「…イヤ、別に今回は如何って訳でも…」
ウォーズマンは一つ溜め息を吐くと、視線を伏せた。
「…自分の浅ましさに嫌気が差しただけだよ」
元々俺が妬かなきゃならない要素は何も無いのになぁ、とウォーズマンは自嘲的な声で呟く。
「…ロビンと何か有ったのか?」
「ロビンと 何か? 俺と ロビンの間で? 何も、無いよ…俺の中で勝手に落ち込んでるだけだ」
ウォーズマンはバッファローマンの手からデキャンタを取ると、自分のグラスにワインをなみなみと注ぎ、また呷る。
「…どうしようも 無いのになぁ…」
「…おい、ウォーズ…何が有ったんだ?」
ウォーズマンの目許には薄らと涙が浮かんでいる。バッファローマンがウォーズマンの肩を掴むと、その肩が僅かに震えた。
「…祝福、しなくちゃ いけないのに…俺…」
そこ迄言うと、ウォーズマンの頬を すぅ と一筋涙が伝う。
バッファローマンが指でその涙を拭ってやると、ウォーズマンは震える声で言葉を紡いだ。
「…子供が できたって…来年には、産まれるって…」
「……!…そう、か…」
ウォーズマンがロビンに寄せる思慕は重々分かっていた。想いを寄せつつもその想いは封じ、ロビンに接している事も。
そしてロビンが妻を裏切らず誠実に愛し、そしてウォーズマンの想いには応えられずとも、否、応えられないからこそ
ウォーズマンにも師として、そして友人として誠実に接しているのも重々知っていた。
ロビンの友人としてただ齎された情報なら、大層慶ばしい話だと手に持ったグラスで乾杯の一つもする位の話なのだ。
…そう、ロビンに切ない程の思慕を寄せているウォーズマンから聞いた話でさえ無ければ。
「…バカだよな、元々どうしようもない事なのに…」
侭ならぬ想いを抱く事を愚かだというのなら、それは誰しも基より承知で片恋している筈なのだ。
ましてや想いを相手に押し付けず、ただ見つめる事しか出来ず…
しかしロビンから思われる事は 求めていなかった彼を浅ましいというならば、この世の者に須く救いなど無い。
バッファローマンは、深い溜め息と共に涙を堪えるウォーズマンの背を撫で付けてやる。
「…ゴメン、俺…」
「……」
それでも 人の良いコイツは おめでとう と言って来たのだろう … 何時もの様に 明るい 優しい声で
侭ならぬ想いは押し殺し ロビンと そしてその妻アリサに祝福の言葉は贈って来たのだろう
此処で 泣かねばならぬ程 苦しい想いを押し殺し 心の底で 祝福しきれない 自分に 嫌悪しながら
それは どれ程 辛い事だったのか …
「…思い切り泣けば、少しは気が晴れるかもしれないぜ、ウォーズ」
「……そう、かなぁ…?」
「我慢するよりは良いだろうさ」
バッファローマンは、ウォーズマンの肩を緩く抱き寄せると、涙で潤む目許に軽く口付ける。
「…ごめん、バッファ……ちょっと…胸かして…」
優しい口付けの感触に張り詰めていた気持ちが緩んだのか、ウォーズマンの目に大粒の涙が浮かぶ。
バッファローマンの胸元に顔を埋めると、噛み殺し切れない嗚咽が微かに漏れた…