rain of kisses
開け放たれた大窓から、雲一欠片無く晴れ抜けた空の下、晩夏の午後の清けき風が強く吹き抜ける。
純白の緞帳の様な重いカーテンが ばっ と大きく翻り、部屋に薄い影が染む。
「ニンジャって、よく我慢できるよな…」
「何の話だ」
その影に部屋の中が一瞬覆われたのと略同時に紡がれた、唐突なブロッケンJr.の言葉に、
ニンジャは茶を煎れる手を止め、視線を上げその顔を見遣る。
「たまには人前でもソルジャーにくっつきたくならねぇ?」
ブロッケンJr.は茶菓子を掌中で玩びながら、視線はニンジャに真っ直ぐ投げ返し問い掛けてくる。
「…無いな」
そんな事か と止めていた手を振り、茶碗にゴールデンドロップ迄落とし切りニンジャが視線を外す。
――いつも何くれと無くブロッケン邸に集まる血盟軍の面々ではあるが、
今日はアタル、バッファローマン、アシュラマンが各々所用にて来ておらず、広い邸内は静まりかえっていた。
そしてブロッケンJr.とニンジャはそんな中、長閑にティータイムを楽しんでいたのであるが…
「俺なんかもうずっとバッファとくっついてたいのに」
くっついてたい、じゃなくて実際くっつきっぱなしだろうが、とは言わず
ニンジャは くっ と隠しきれない笑いを喉から零しつつも茶を一口呷る。
「夜の時間だけじゃ全然足りねえんだけど!」
「…何だ、今日は随分…」
普段こういったネタにはまず入って来ないブロッケンJr.の熱い惚気にニンジャが訝しむ。
「だってこういう話、アイツ等いたら絶対揶揄われるし…」
「ああ…まあな…」
成程ブロッケンJr.とて健全な若者、普通ならそういう事を同年代の友人達と語らったりするものかも知れん…
しかし実際には同年代の友人と付き合う時間は無く、同年代の超人の友人は(物理的に)少なく…
しかも最近に到っては、悪魔と悪魔と悪魔と有る意味悪魔より性質が悪い人誑しとばかり連んで…
性格的には揶揄う側に回りたいニンジャとて、流石にそこまで底意地が悪くはなれなかった。
「…拙者は、人前で云々は無理、だが…気持ちは、わからなくはない…」
折角の爽やかな陽気に蕩溶うこの部屋での優雅なティータイムに、こんな話題で本当に良いのかと
根本的な処で後ろめたい気持ちになるが、"気持ちはわからなくはない"のは本当である。
もう秋さえ感じさせる、嘲る様な清風が部屋の中の緩い空気を浚って駆け抜けた。
「…ニンジャ達は夜だけで充分な位、いちゃついてるのか…」
「…!」
ブロッケンJr.の呟きに、ニンジャは齧りかけの茶菓子を吹きそうになり咄嗟に口を抑えた。
ゴホゴホと噎せ、薄ら涙目になりつつ冷めた茶を喉に流し込み漸く落ち着く。
「大丈夫か?」
ブロッケンJr.が慌ててニンジャの茶碗にティーサーバーの紅茶を注ぐ。
そんなブロッケンJr.に、軽く茶碗を持ち上げ礼を表しつつ、ニンジャが呟く。
「いや、お主が大丈夫か」
恋の病とやらが顕現したらまさにこんな感じだろうな…
「だって俺達、多分夜はあっさり目だし…」
「はっ?」
――悪魔騎士ザ・ニンジャの知っているバッファローマンは…来る者拒まず来てない者も好みならなし崩し的に食い散らかし
食えそうと見れば取り敢えず男女問わず粉掛けて、世界中に愛人がいるような、そんな男だ。
悪魔将軍の寵愛を受けていた自分は寝てないが、アシュラ辺りは案外有るかも知れん…
…等とまさかそんな事をブロッケンJr.に言える訳も無く、ニンジャが辛うじて絞り出した言葉は。
「…それは、お主を大事に思うての事だろうよ…」
或いはお主がマグロか、と ついポロリと零すと…
「マグロって何だ?」
「えっ、そこからなのか…つまり、その、最中にだな…お主からバッファに何かしてやってるか?」
「キスしてるぜ!」
自信満々に答えるブロッケンJr.に、予想通りというか…と ニンジャが はぁ と一つ息を吐く。
「…念の為聞くが、それ以外は」
「えっ、それ以外って、他に何が…」
やや顔を赤らめ困惑の表情を浮かべるブロッケンJr.につられ、何とも無くニンジャの顔も赤くなってしまう。
「…この話はやめておくか…」
「いやいや!ほったらかしにすんな‼教えてくれよ!」
がたん! と音を発ててブロッケンJr.は椅子から立ち上がり、ニンジャの横に歩み寄って来た。
「バッファかアシュラにでも聞け…」
「やだやだ!絶対ニヤニヤしながら色々揶揄われるからヤダ!」
ブロッケンJr.はニンジャの首巻をぐいぐい引きながら尚も詰めてくる。
「教えてくれないならソルジャーにニンジャが何してるのか聞くからな!」
「駄目だ!」
思わず声を荒げたニンジャに、ブロッケンJr.は じゃあ教えてくれよ と ぐい と顔を寄せてきた。
「…仕様が無い…教えてやろう…」
はあ と大仰に溜息を吐き、ニンジャが椅子から立ち上がる。
後悔するなよ、とブロッケンJr.の腕を掴み部屋のドアへと歩いてゆく。
「おい、何処行くんだよ」
戸惑うブロッケンJr.に、ニンジャは実に悪魔騎士らしい怖気湛う笑みを浮かべつつ言い放つ。
「先ずは風呂だ、教えてやるさ…実地でな」
「……‼」
ブロッケンJr.が しまった と思ったときには時既に遅く…