Icy iceberg

chapter_1 Cannot be in two places at once

『夜伽を申し付ける』 泰然とした様子で肘掛けに頬杖を突きながら、冷ややかに紡がれる言葉。 『……………今、何と…』 常の、まるで任務でも申し付けられる時と何ぞ変わらぬ様子にて言い放たれた言葉の、意味は分かるが意図が分からない。 『聞こえなかったのなら繰り返してやるが』 答えに窮した様子を分かっているのに、全く何事も無い様に応ずるその態度が焦りを増長させる。 『…恐れながら…聞こえなかったのではなく、聞こえました故、無躾ながら再度…』 悪魔将軍は椅子から立ち上がると、自分の前に跪くニンジャの前に屈み、その顎に手を掛け上向かせる。 『今宵、私の寝室に来いと言っているのだ』 ニンジャは一瞬目の前が真っ暗になるかの様な感覚を覚えたが… 衝撃は 気取られぬ様に …辛うじて小さく頷く。 その様子を照れか何かだと好意的に解釈してくれたのか、将軍はニンジャから つ と躯を離すと、 悪魔超人共とスパーリングの約束をしているのでな、等々言って、事此処に何も無いかの様に立ち去ってしまう。  誠心も 忠誠も 尊敬も 思慕も有る しかし それは 斯様な思いに通ずるものでも ましてや応ずるものでも…  絶対に 嫌われたくは無いと 思うのだが …  しかし それは …   ニンジャは、若しかしたら質の悪い夢を見ているのかもしれない等と頭の隅で考え乍ら、呆然とその背を見送った…
『ニンジャ、今夜暇か?』 屈託無い友の問い掛けに、いつも通り 暇 だ と告げようとしてフラッシュバックした先刻の悪夢。しかし残念乍ら現実。 『………暇…では、無い…様だ…』  …信じたくないが故に返事も大層おかしげな事を答えた様な気がするが… ニンジャは応じてから頭を抱えた。 『何だ、暇では無い様だ、ってのは』 アシュラマンは、腕組みしていた六本の腕を総て解くと、ニンジャの腕を掴む。 ニンジャは、一瞬『将軍様に呼ばれているから暇では無い』旨を素直に口にしそうになって、押し止める。 『……こ、今宵は……』 常のニンジャなら、何とでも適当に口先で取り繕いそうなものだが、先の衝撃を未だに引きずっているのか、言葉が淀む。 『今夜、暇だろ?それとも何か、私と過ごすのは嫌だってのか?』 我儘な王子様は、秘密主義な忍びの者の言葉に苛ついてきたか、掴んでいるニンジャの腕を軽く締め上げた。 『止めろ!そういう訳では無い!』 ニンジャは、締め上げられた腕を振り解くと、冷たい視線でアシュラマンを きっ と睨めた。 『…じゃぁ、どういう訳だと言うんだ?』 外から差し込む夕焼けの強い光が、一瞬逆光でアシュラマンの表情を隠す。ニンジャは、光から逃れる様に俯き、呟く。 『……お主に言わねばならぬ道理など、無い…!』 ニンジャは地を蹴り ふわり と身を舞わせる。そのままその姿は薄緋に融け、気配も消える。 『オイ、ニンジャ?!』 しかし呼び掛ける声は虚空に溶け、静まり返るばかり…応えは、無い。 ニンジャの着衣に焚き染められた香の残り香を感じながら、アシュラマンは、小さく溜息を吐いた…
『…ザ・ニンジャ、仰せに預かり…参上致しました…』 『此方に来い』 『……は』 やはり夢などでは無いのだと絶望的な気持ちになりながら寝台へ近づく。そして臥床の上にいたのは… 『……将軍、様…?!』  …見覚えの 無い 男の姿。流れる金の髪は分かるものの、褐色の肌、雄々しく隆起した無駄の無い筋肉。 その雰囲気は紛い様も無いものを、それなのに思わず足が竦み、息を飲んでしまう。 『……あぁ、お前には、この姿を見せた事は無かったか……』 まぁ、サタンにもそうそう見せた事は無いしな…と喉の奥でくぐもった笑いを零し、将軍はニンジャを抱き寄せ、耳元に囁く。 『…心底、嫌そうだな…?』 『!…滅相も、無い…』 口では取り繕うものの、此処に来る迄思い做していた心の底を見透かされた様で、ニンジャは身を強張らせた。 将軍は、そんな様子を揶揄う様に冷たい笑みを口の端に張り付け、ニンジャの顎に手を沿え上向かせる。 『ふん、まぁお前の意思などどうでも良い…楽しませてやるから興を殺ぐ様な真似はするな』 しかし冷たい言葉とは裏腹に、将軍はニンジャの唇を親指で優しく撫で、躯は膝の上に座らせる様に静かに抱きかかえた。 腕の中にすっぽり収まる形で背後から抱き締められ、ニンジャは自分の鼓動が跳ね上がるのを感じ、顔を伏せ俯く。 …意外だが、不快では 無いのだ。寧ろ、自分の躯を抱き締める腕の力強さや胸の暖かさが何とも言下にし難い心地良ささえ齎す。 思わず、応じる様に自分を抱える将軍の腕に自分の手を沿え、微かに振り向き将軍の顔を見上げる。  諦めと言うには甘美に過ぎる…屈服させられるのに そうされる事を 望ませる様な 抱擁…  今まで拒む事しか考えていなかったのに 今は 拒むという事が思い浮かばない そのまま、項から首筋に口付けを落とされ、ニンジャは声にならない吐息を零す…

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