fed up with me?

 広大な宇宙に彼方というものがあるのなら、此処は或いは其処に近いのでは無かろうか。 ――此処は、地球から遥か500億光年とかいう…途轍も無い距離に有るキン肉星。 その王宮の一室で、ザ・ニンジャは星しか見えぬ夜空の如き天を窓より眺め、ぼんやりとそんな事を考えていた。 その部屋の扉が開き、部屋の主が手に大理石のプレートを持ち入って来る。 その上には、茶器やカップ、軽食の類が乗せられていた。 「済まない、待たせたな」 「…お気遣い無く、ソルジャー」 ―部屋の主、キン肉星大王の王兄、キン肉マンソルジャーがプレートをテーブルに置いた。 そして、無骨そうなその手に似合わず慣れた手つきで茶を淹れる。 明らかに高級そうなティーポットからティーカップに注がれるのは、何故かニンジャには見慣れた緑茶に見える。 「どうぞ、ニンジャ」 「…頂戴する」 カップに口を寄せると、やはり緑茶の香り。飲み物に口を付ければ紛うかたなき緑茶の味である。 「…緑茶だな」 「お前が来るから、用意したんだ」 「…そうか」 キン肉星の王位争奪戦ではこの男の、人と成りの非凡なる片鱗を見て、主と奉じる事を決めた。 その後、それ程長くない期間にお互い多くの戦いを経て… 暫く会わなかったが、あの日々がやたら懐かしく感じる。 だが、多分そんなお互いを懐かしんだり近況を報告し合う為に態々自分を呼び出した訳では無かろう。 いや、実際は呼び出しというより…人を介し(しかも魔界の王族、アシュラマンを通して自分の動向を伺われ)、 キン肉星からの使者が立てられ、迎えの宇宙船も用意され、待遇だけなら国賓級で有ろう扱いを受けた。 「御用向きをお伺いして良いか、ソルジャー」 ティーカップを置き、ニンジャが尋ねる。 ソルジャーは―元々姿勢は良いのだが―背筋を伸ばしニンジャに正対した。 「最近、宇宙の各地で悪行超人が組織化して勢いを増しているのは知っているか」 「ああ」 超人相手では勝てないから、徒党を為し人間相手に悪事を繰り返す雑魚が…最近増えているのは自分も良く見知っている。 自分は正義超人では無いが、抵抗出来ぬ相手を嬲る卑劣な者を見逃す程心は広くない。 もう幾人もこの手にかけたが、バッファローマンの言う"罪悪感"など一片たりとも此の身には染まぬのだ。 「そういった者達と戦い、刑務所に収容する組織を立ち上げようと思う…ニンジャ、私と共に戦ってくれないか」 「…ほう…そういった事か…為れば拙者よりブロッケンの方が適任ではないか?」 正義の事は、正義超人がやれば良い、とニンジャは再び茶に口を付ける。 「…有る程度は、手段を選ばないで戦うつもりだ。ブロッケンJr.は、あの真っ直ぐな心根は素晴らしいが…」 が…とソルジャーが濁した言葉の先がニンジャには判った。 成程、ソルジャーがその組織に欲しいのは、己が手を穢せる者なのだ。 否、血に穢れ切った自分こそが必要なのだ、と。 穿ち過ぎな想像では有るが、ブロッケンJr.を穢れに塗れさせたくも無いので有ろう。 そしてこの想像は当たらずも遠からずで有ろうとも、血盟軍の成り立ちからも良く解る。 何も口には出さないが、確かにあの煩わしい程に純真な小童を傷付け穢すのは、自分とて最早御免なのは同意だ。 「…良かろう、ソルジャー。その申し出、受けよう」 「そうか…!」 覆面に覆われた顔では有るが、緊張が解けた様にソルジャーの眦が下がるのが見て取れた。 「但し、条件を付けさせて頂くが」 「なるべく便宜を図ろう、言ってくれ」 茶を注ぎ直してくれるソルジャーに、ニンジャは目を伏せ、静かに己の意思を伝える。 「再び将軍様より悪魔騎士としての御召しが有れば、拙者は御主の下より去る…宜しいか」 「……!」 明らかに想定の範囲外だったとばかりに、ソルジャーの動きが止まった。 急に表情を―と言っても窺い知れるのは目許だけだが―曇らせ、微かに唸る様な煩悶の声を発している。 「……」 ニンジャはどちらでもいいのだと言わんばかりに、そんなソルジャーを見遣るでも無く、窓の外を眺めた。 …椅子に座り直したソルジャーは祈る様に組んだ手に額を押し付け、未だ苦悩している様だ。 ――馬鹿め、危殆無しに幾度も軽々しく悪魔を手懐けられるとでも思うたか すっかり冷め切った茶を一息に飲み下し、ニンジャは椅子から立ち上がった。 「どうやら、交渉決裂の様だな。他を当たられよ」 言い放ち、部屋から出ようとするニンジャを、ソルジャーは慌てて椅子から立ち上がり引き留める。 「…待ってくれ…わかった、その条件を…呑もう…」 苦渋の決断なのであろう、苦悩が滲む声を振り絞りソルジャーが応えた。 「良かろう…蛇の道は蛇、だ。お主が拙者に望む働きの期待には、お応え出来ると思うぞ」 宜しく頼む、とニンジャと握手を交わし乍らソルジャーは考える。 あの時、自分や仲間の為に命迄をも捨ててくれた彼と、目の前のこの男は同じ人物なのだろうか、と。 ソルジャーのそんな思いを知ってか知らずか、ニンジャは にや と笑い、ソルジャーの目を覗き込んで来た。
「…こういった事は、拙者は関知せぬ。ソルジャーが全て決めてくれ」 ニンジャは、大量の書類を前に如何にもうんざりとした顔をしていた。 ソルジャーも、自分で持ってきた物ながらまだ未読が有るのか、視線を上げず書類を繰っている。 「まぁ、目を通すだけでも。大体は決めて有るから…」 キン肉星の王宮付き近衛兵隊の内規を元にしたという新組織の隊規は、厳格で実に理に敵っている様に思えた。 ニンジャは 実に正義超人らしい固さよ、と思いつつ、密書を暗記する要領で書類を流し読む…と。 「何だ、斯様な事迄一々干渉するのか」 ニンジャが にっ と笑いながら指差している先を見る。 ――部隊内の隊員同士の恋愛、此を禁ず。申請無しに発覚した場合は両者除隊、申請が有れば一方を配属転換とす。 「…まぁ、過去に揉め事でも有ったんだろうな。都合が悪いなら削除するが?」 「いや、残しておこう。不和や悋気なぞ起こされて背後から壊滅なぞ有っては困るからな」 正義超人どもは固いからな、というニンジャの言にソルジャーが苦笑しつつ返す。 「まあそうだな。当事者の恋愛は終わっても組織は別に終わらないからな」 そして、下らない事で盛り上がっている場合じゃないと、二人は再び書類に目を通し始めた。

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